• SMとは
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    SMとはサディズム&マゾヒズムの略である、これは誰もが知っている事ですが、SMをサディスト&マゾヒストという人もいれば更にSMはサービス&満足と唱える人も最近では出回ってきました、これは日本の独特な表現方法でもあります。
    今更SMって何?と説明する必要もないのですが、こちらはあえてネット上には記事のなさそうな分野を取り入れた形でのSMについてを議題とし、その起案もしくは疑問に対する解決策及び想定解答を主に記載します。

    さて、サディズム&マゾヒズムとは嗜好性を示し、その人それぞれの好みのタイプや性格を主に示していますが、SMに於けるサディズム&マゾヒズムとは国内に於いては単に責め&受けという概念が強くあります。
    そういう意味では「SU」でも同じ意味合いになりますが、それも全てSMという言葉でまとめているのが現状と言えます。
    SMの昔話をしても仕方ないので、近年のSMについてどのような傾向になっているのかを説明していきましょう。

    SMという言葉自体そのものは元々国内に於いてはアダルティっくな発想からの言葉であり、通常は「変態行為」の総称とも言える代表的な言葉でもありましたが、近年の変態行為は全て各々の固有名称が作られましたので、SMというカテゴリ自体は完全なる単独的な名称として使わるようになりました。
    人と人が会話をする中で使用されるSMという言葉は主にSとMに分かれて使われる事が多く、これは一般的な日常会話の中に溶け込んだ一般用語として用いられています。
    「それってSMじゃん」と使うよりも、「それってSっぽいよね」とか「それMなんじゃね?」という風にそれぞれを分けた形で使用されるのが今では定番となっており、それはアダルティっくな意味合いは一切ありません。
    しかし、本来は口にするのも恥ずかしかったSMという言葉がなぜ恥ずかしげもなく誰もが口にするようになったのでしょうか?それは主にメディア関係がSMというカテゴリを取り入れた事が原因と推察します。

    SMというカテゴリをメディアが取り込んだ理由は書籍や芸術の範囲を広める為であり、恋愛、コメディ、バトル、RPG、シュミレーション、SMという具合にゲームの世界やメディアの世界そのものを広める手段としての起案だったのです。
    書籍では主に、2言語を組み合わせたジャンルが一般化されているのも範囲を広げる為の試行であり、SMと付ければSMバトル、SM恋愛、SMコメディという具合に2つの言葉を組み合わせた形が主流となりました。
    一般的には恋愛コメディ、戦国バトルなどの2言語を組み合わせたジャンルを常に新しく作っているという事です。
    今現在のSMというジャンルは1カテゴリとして捉えられていますが、そんなに遠くない未来ではSM恋愛、SM魔術、SMコメディなどの言葉が創作され、それをジャンルの1部として組み込むメディアが増えてくる事でしょう。

    つまり、SMはついに完全に二分化されてしまったのが近代日本でのSMというカテゴリです。
    アダルティっくなSMはもちろん残っておりますが、その範囲をはるかに上回る常識を作り上げたのがメディア産業であり、最近の書籍では流行りの言葉を次々と取り入れてそれを1つの分野として作り上げております。
    一番目につくジャンルは「人外」と呼ばれるジャンルで、簡単に言えば妖精や魔物、妖怪などの類を通常の人間社会に馴染ませた表現の創作物です、更に人外創作物のメディアにもSM要素は充分に取り入られており、1つの物語が作られる中には必ずと言っていいほど、SMの表現は欠かせない存在となりつつもあります。

    特に多い表現は一般人がSM表現をせず、必ずと言っていいほど人の上に立つ人間がSM表現を行っている事です。
    例えば恋愛小説で言えば、ハイスクールラブコメのジャンルで生徒会長がSMをしている、校長先生がSMをしている、研究者の上司がSMをしているという表現となっております。
    上流階級の人間はSMをする人達なんだとメディアが伝えているのは、ある意味SMという嗜好そのものが高級であったり特殊であるという認識の元に創作されているからではないかと思われます。

    こちらでは主にアダルティクな要素も一般要素も踏まえた上でのSMとは何か?を議題として映画、ドラマ、書籍などのメディア系も含んだ形での「How To SM」を綴っていきます。
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