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  • ソフトSMとハードSMの境界

    SMにはソフトSMとハードSMという名称のSMプレイが存在しますが、これは十人十色であり、決まったルールもありません。
    ソフトとは柔らかい、ハードとは固いの意味合いですが、素材的な意味をこのソフトSM、ハードSMにつなげた所で全く無意味なのです、なぜならソフトとハードの境界線は人それぞれ全く違った概念が存在するからです。
    たとえば痛い事がハードSMであれば気持ちよい事がソフトSMであると考える人もいれば、汚い事がハードSMできれいな事がソフトSMだと主張する人もいます、したがって元々ルールのないSMの世界では”人として最低限のルールを守ればよい”をコンセプトとすれば後は何をやってもいいですし、境界線がどんなに偏屈であっても問題はないのです。
    しかし、相手あってのSMの場合は話がちがいます、これは”SMの価値観”の考えかたが最低限相手とマッチングしていないと、その先に進む事が出来ないからです。
    SMの価値観は双方が共通して同じように考え、同じような概念を持っている場合において「SMの同調」が見られます。
    SMの同調が見られればその相手とのいわゆるSMでの相性はよいとされています、ちなみにネットのSM診断やらSM相性診断なるものは全く根拠のない適当なプログラムですから、信じないほうが宜しいかとおもいます。

    SMの価値観は相手との調和を計る重要な要素です、たとえば身体に痕を付ける事をSとM双方が好む事で行為が成り立ちますが、Sは痕を付けたくない、しかしMは痕を残したいという具合に別々の意見となればその行為は成就されません。
    1つ1つのSM行為そのものが全てにおいてズレが生じればお互いのSMの価値観があまりにもちがうため、崩壊する事は目に見えていますので、全てのSM行為がマッチングしていなくともある程度の行為の調和は不可欠とされます。

    ある女性の彼氏が「彼女の足奴隷になりたい」と彼女に告白しました、しかし彼女にしても他のどんな女性でも”足奴隷”という存在が必要かどうか?と言えば全く不必要な存在なわけですから、当然解答はNOと言われます。
    彼氏にとって自分の性嗜好を求める事は重要であっても、彼女側からすれば何のメリットもない行為に対して興味を示すはずはないのです、つまりこれが価値観の差であり、ハードSMとソフトSMの境界はこの例と同様なのです。
    Sの人間がMを汚す事を好んでいる、しかし、Mの人間はきれいに扱ってほしいとなれば矛盾が生じますから、その行為そのものは二人の間では却下となります、却下となればその他の行為をするしかありませんが、その他の行為も全て却下となっていくとなれば二人の間ですべきSMそのものが全く違った方向へ進みます。
    そうなると実質上は相性的に最悪となっていきますので、SとMの関係そのものが無くなってしまうわけです。

    ハードSMとソフトSMの境界線はSMの価値観そのものであり、それは出会った瞬間からお互いのSMのルールをどの程度理解し合えるかによって大きく左右されてしまいます、つまり妥協をすれば関係を維持する事は可能なのです。
    但し、妥協を重ねる事はストレスを増幅させる作用ともなりますので、SMの価値観がちがうけど一緒にいたいから我慢するという馴れ合い的な考えを当初に持っていてもやがてはお互いに自分の意思を貫こうという願望がでてきますから、妥協しあう関係を維持しても最終的にはSMの価値観がちがうからという理由で関係そのものを維持できなくなってしまいます。

    よく聞く話で「相手がそれを望んでいるからしてあげている」といいますが、これはSMでなくともいずれは風化します、それがどのような行為であってもです、価値観が違えば分かり合えませんから人間がこれを維持する事は困難です。
    SとMの関係以前に男と女という関係が成立していても、相手のためにしてあげているという妥協は長くても3年が限度でしょう、それを超えられれば5年、更に10年と長く維持する事は可能ですが身体へのストレスは半端ないとおもわれます。
    結果的にはSMの価値観がマッチングしている双方が繋がりを持てばほぼ永遠といっていい程に長く思い合う事ができますが、ソフトSMとハードSMの境界が完全にズレている場合においては早めに関係を断ち切るほうがお互いのためになります。
    片方の欲望を満たすための関係は満たしてあげる側にとってストレスの何者でもない事を覚えておきましょう。
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