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SM専門家とはどのような業種か?

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SM専門家という造語をつくってみたが、考えてみれば世の中にはそんな人物がいてもおかしくはないだろう。

SM専門家を検証

SM-IはSMの専門サイトとしている、しかしそれはあくまでも筆者の持つSM概念や理論、検証結果からなる裏付けを総体的に統計結果として表現しているにすぎず、筆者自身もSM専門家とはいえないだろう。

しかし、SMの世界に入って25年が経過した今、相応のまとめ的なものを作り上げてもいいだろうと考えた。

そこで誰もが考えるSM専門家とはどのような専門家となるのかをまとめてみた。

  • SM概念とは
  • SMの知識と人体概要
  • SMの技術とは
  • SM精神論とは
  • SM専門家と縄師は異なる
  • SMを評論するのは自己主張にすぎない
  • SMをつかった精神的療法
  • SM専門家のまとめ
  • SM概念とは

    SM概念とはSとMそれぞれの立場からの考察やあらゆる角度からSMをとおして物事を考えられる概念である。

    ここでいう概念は風俗的なものはすべて排除し、単純にSMだけに絞った考え方をする事を目的としている。

    たとえば男女の恋愛感情はノーマルな恋愛とSM的な恋愛は大きく異なる点が多い。

    SMの視点からみれば普通にみえるものがノーマル的な視点でみると恐らく理解できないであろうと考えられるのは考え方の違いであり、SMを知ってしまった人間にとっての当たり前はノーマルの人間には理解しがたいものとなる。

    SとMとの恋愛は一方的にMからの愛情表現が強くだされるが、普通の恋愛は男女が同じスタンスにいるために、どちらが強く愛情表現を出すかなどはなく、かたよった恋愛の性質もない。

    SとMの恋愛は非常に多くのパターンが存在し、一般的には理解しがたい感情すらも悦楽とされてしまう。

    一般の男女のどちらかが他に異性とのつきあいをはじめ、それが相手にバレてしまった場合、その二人の間には亀裂が生じるため、その後の二人の関係はギクシャクしてしまい、別れてしまう事も多々あるだろう。

    しかし、SM概念で考えればそれが全く異なる結果を生み出す事も想定できるのである。

    SM概念でいえば相手が浮気をすればするほど愛情が深まる、あるいは競争心が沸いてしまうなど、常識的には考えられない感情の動きをみせるものだ。

    一番代表的な言葉はネトラレ(寝取られ)である、このネトラレという言葉はネトラレフェチという言葉が造語されているほど有名な言葉となっており、自分の恋愛相手が浮気すればするほど興奮する精神状態をあらわす。

    次に「多頭」である、SM概念では理解する者と理解できない者とに分かれるが、こちらでは理解者の説明をする。

    多頭はSがMを複数所有する事を示す言葉であり、MにとってはSの所有物である事が優越感となる。

    しかし、S側の考え方はMとは違い、自分が所有する物品とMは同類のものという考え方であるため、複数所有する事は当たり前の感覚しかもっていない。

    MはSを慕い、尊敬する事でSの所有物としての表明をおこなう、その際にSがMを受け付ければ多頭の関係が成立する。

    男女の恋愛関係ですらもこのようにデタラメな男女関係がSM概念では正当化される。

    物事を考える時に普通に考えるかあるいはSM概念で考えるかによってその結果は大きく異なる。

    SMの知識と人体概要

    SMの知識はSM概念とは違い、人体の構造を理解した上でSM行為をする際に身体の負担を軽減する方法などを知識として所有する事を示し、行為における炎症などを事前に防ぐ知識とされる。

    縄を使ったSMでは肌/筋肉などへの負担を考慮したSM行為を知識をもとにおこなう。

    筆者がM女性を縛る前に必ずおこなう事は二の腕を軽く押し、肌質と脂肪量を頭で計算してから縄のテンションのバランスをとり、M女性が暴れた際に縄が食い込む度合いも同時に考慮した上で縄をかけるようこころ掛けている。

    緊縛SMはおもに肌や筋(すじ)を痛める傾向がある、そのため縄をかける際には脂肪度合いの高い部分を固定するように縄をかけて、それ以外の筋や関節にはゆるすぎない程度のテンションで縄をかける。

    そうすることでM女性が暴れた際に縄の力があちこちにかたよった力が働いても他の部分がゆるむようにバランスを調整できるので、縄をほどいたあとに身体のどこかがシビれる事はない。

    消化器官の構造を理解した上でおこなうSMはおもに肛門への刺激もしくは肛門内部への接触を目的としている。

    代表的なSMプレイは浣腸プレイ/拡張プレイ/肛門責めプレイなどが挙げられるが、その逆のSM行為もある。

    肛門を舐める/肛門内部を舐める/肛門からでる排泄物を口に含むなどの行為であるが、これらはMの口が直接肛門に接触するため、M側は大腸菌などの雑菌を口から大量に摂取してしまい、感染病の原因となるのは明らかだ。

    大腸菌は腸内から酸素のある空気に触れた瞬間に莫大な量に膨れ上がるため、Mが口で接触した場合においても口内の耐性菌が負けてしまえば、なにかしらの感染病を引き起こす可能性もある。

    SM行為の中で一番代表的なものはやはり性器への責めであり、男女関係なくSMの大道ともいえる行為の1つとされる。

    性器の知識を持たずにするSMは諸刃の剣であり、性病を引き起こす原因となるのでなにも知らないでおこなうならば、使用する道具はすべて滅菌処理をおこなってから使うようにこころ掛けるといいだろう。

    ただし、尿道内部の知識がない人間が尿道を責めるSMをおこなう事はお勧めしない。

    なぜなら尿道内には耐性菌が存在しないからだ、つまり雑菌が入ればほぼ100%炎症を起こす事となる。

    仮に使用する道具を完全に滅菌処理しているといってもそれに関係なく雑菌が入ってしまう可能性がじゅうぶんにある。

    したがって、知識もないのに見よう見まねで尿道を責めるSM行為は絶対に避けるべきである。

    SM動画などをみて知識を得るのは根本的に間違っている、SM動画は娯楽物であり参考知識となる内容は一切含まれていない

    SMという世界を動画の中で適当に再現しているだけであり、そのまねごとをすれば大けがの元となる。

    何事も知識をもって接しなければ何かしらのリスクで返されるので、例えネットに書いてあった知識だとしても必ずしもそれが正しいとは限らないことを頭に入れておく柔軟性をもってSMと関わってほしい。

    SMの技術とは

    SMの技術はおもに力のバランスと相手との言葉のやりとりを経験から獲得し、SM行為の実践上で発揮できる事を示す。

    縄をかけるのも技術、鞭をふるうのも技術、その他の責めをおこなうのもすべてSMの技術とされる。

    難しいとされるものおよび簡単に習得できるものとにわかれるが、こちらではその両方の視点から説明をする。

    SMの技術の中でもっとも難しいとされるのが緊縛である、緊縛はMを拘束する理由とMに満足を与える2つの理由があり、それぞれは対象とされるMの質によってまったく違った答えを導き出す。

    たとえば、Mを縛れば痛がる/苦しむ/動けないなどの感情をもつ場合と気持ちよい/もっと拘束感がほしい/痛みがほしいなどの全く正反対の質となりうるのだ。

    Mの質はその精神状態に依存する傾向が強くあり、精神的な面でいえばSだけをみている場合には痛みや苦しみを伴うが、Sは関係なく自分に対してのみ神経を集中させている場合(ナルシズム的要素)は快楽となる。

    つまり、Mは相手に対して意識すれば痛みを感じ、自分に対して意識すれば快感を得る表裏一体の生き物なのである。

    このMに対して技術を振舞うのがSの役割であり、表裏一体の生き物をどのようにうまく操作するかがSM調教のポイントとなる。

    SM調教についてはSM精神論で後述するとして、最低限必要なのはSMの技術である。

    必ずしも縄や鞭などの道具を使いこなす事がSMの技術ではない、言葉だけ使うSMもあるくらいだ。

    言葉だけでおこなうSMとはSM技術の中でも最も簡単な方法ではあるが、同時に化けの皮が剥がれると修復不可能なSM関係の状態になってしまうので、簡単でもあり難しくもある。

    言葉だけなら誰でも人を責める事はできる、簡単に言えば悪口をひたすら言えばいいようなものだ。

    しかし、顔を合わせないまま使う言葉の技術は相手にとって理想を高めに作られてしまうのが欠点でもある。

    たとえばS男性の言葉がうまければうまいほどM女性はその男性が自分の理想に近い姿見(すがたみ)であるとおもってしまう。

    M女性の好みが背が高く、声が低く、お金持ちのS男性であれば理想と現実が違った時にいっきに気持ちが冷めてしまうのだ。

    そうなれば、SとMの関係は成立しなくなり、またたく間に縁すらもなくなってしまい相手探しをしなくてはならなくなる。

    言葉という技術を使えば使うほど、Mにとっての妄想は高みとなってしまうので、顔を合わせてからおこなうのがベストだ。

    仮にネットでSM的な言葉責めをしているならば、自分を下げ過ぎない程度で相手よりも上の立場を維持するといいだろう。

    つまり、自分の立場は一定して動かさず、Mに対する言葉責めも強すぎないバランスを維持するのである。

    その他にもSMの技術といえるものは多種多様にある、鞭の打ち方にしてもM男性の体を踏みつける力加減にしてもそのすべてはSMの技術と呼ぶにふさわしいものばかりだ。

    まずは自分が着手しやすい技術から取得してみるといいだろう。

    SM精神論とは

    SM精神論とはSM調教をする際には必ず必要になる理論だ、理論といってもすべては仮想であり仮定でしかないため、これがもっとも正しいSM精神論というものは存在しない、あるのはMに対して効果のある特化された理論のみだ。

    たとえば、10人のMがいたらそれぞれにすべて同じSM調教をしてもヒット率はかなり低い結果となってしまう。

    なぜヒットしないのかちょっと考えてみればわかる、Mそれぞれの求めている願望が異なるからである。

    縄が好きなMもいれば嫌いなMもいるし、鞭が好きなMもいれば完全拒否するMも存在する。

    SM調教はあくまでも統計的な答えから、このようなSMプレイを好むMがもっとも多いとされるだけで、実際には効果はない。

    つまり、SM精神論とはMそれぞれがまったく異なった理論をもとに作り出さなければ成立しないという事になる。

    ではここで、SM精神論とSM調教の紐づけをしてみよう。

    まず男女差を前提に考えなくてはならない、M男性は五感をコントロールしなくてはSM調教に結びつかない

    対してM女性はこころのコントロールをしなければSM調教に発展しない

    M男性は目でみる女王様またはS女性の姿を視覚で感じ、声を聞いて感じ、嗅いで感じ、味覚で感じ、触られて感じる。

    対してM女性はもともと持っている自分の中に存在する理想的なご主人様またはS男性の理想像が目の前もしくはネットを介して自分に接触してくる男性とどれほど近い位置にいるかの判定で決まってしまう。

    それぞれはまったく別の生き物と判断してもいいくらい関連性を持たない。

    M男性ももちろん自分の中にある理想の女王様像というものがある、しかし五感の方が圧倒的に上回ってしまうため、理想像よりも目の前の現実を優先する判断をする、ゆえにSMクラブの女王様とのプレイも成り立つ。

    M女性は目の前に理想とは異なるご主人様がいても滅多にゆるがないし認めない。

    精神に作用する男女の差はこれほどまでに違うものである。

    たとえば、SM出会い系サイトを利用した男女の返信率にしても明らかな差がある。

    M男性はどんなに遠いエリアのメールだとしても返事をし、縁を作ろうとするが、M女性は自分の求める理想像にマッチングしない限りは返事すらもしない

    これがSM精神論がSM調教に必須とされる理由である。

    特にM女性の精神論を作り上げるためには、様々な角度から対象のM女性に対してのアプローチをする必要がある。

    つかう言葉(キーワード)は何であればヒットするか?どの程度の接触なら許容範囲とされるか?など。

    ついでと言ってはなんだが、ここでM女性へのアプローチキーワードを簡単に並べてみよう。

    「恥ずかしい」「命令」「露出」「緊縛」「ほら」「壊される」「奴隷」「首輪」

    これらのキーワードはM女性によってはヒットしやすい場合がある、「ほら」は「ほら!言ってみろ」というふうにつかう。

    うまくM女性のこころにヒットすればSM精神論を作り上げる事ができる、そうすればSM調教も可能になるだろう。

    SM専門家と縄師は異なる

    SM専門家と縄師の違いとはどのような所なのだろうか?もしくは繋がりがあるのだろうか?

    筆者のいうSM専門家とは緊縛技術をすでに身につけている前提がある、従ってSM専門家の一部が縄師と呼ばれる存在となる。

    では他にSM専門家の一部としてはどのような名称があるのだろうか?有名どころでいえば女王様、調教師と呼ばれるたぐいだが、調教師というのは全世界でも非常に数が少ない。

    筆者が知っている限りで調教師は日本国内には2人しかいない、この2人は世界各国に飛び回って調教をしているいわばプロであり、多国語が話せるだけでなく、男女関係なくSM技術を使って調教をしているまさにプロフェッショナルだ。

    彼らの年収は日本円になおすと億を超えていると聞いた事がある、この2人以外の他の自称調教師はお遊び程度だろう。

    SM専門家の中で最もメジャーなのは縄師と女王様である、女王様は職業柄お客様のニーズに合わせたSMをおこなうため、こちらでは説明をはぶく事とする。

    縄師は資格などはなく自称であり流派も適当に作られているため、いったもの勝ちな部分がある。

    しかし、日本のSM文化が全世界に広まったのは縄師の存在があったからこそであり、現役の時にヨーロッパ各地に日本の緊縛技術を披露して回った人物が明智伝鬼である。

    彼が後に日本の代表的な縄師になったのはいうまでもないが、SM専門家としての彼の考え方には精神論がなかった。

    なぜ?それは公開できない内容であるため、ここでは執筆できないが、1ついえる事は彼が芸術家だったからといえる。

    SM専門家はSMに関する様々な知識を研究し、技術を研究し、精神論を作り上げるが、縄師は芸術家に近い存在である。

    現在の日本の縄師のホームページを見ていてもわかるが、彼らが求めているものはSMではなく緊縛である。

    つまり、彼ら縄師は緊縛が全てでありその芸術に対しての評価を得る事で知名度や弟子を集める事を目的としている。

    SM専門家と縄師の違いはSM全般的な事なのか一部にこだわっているのかの差であるという事だ。

    筆者はどちらにも属さない、ただのユーザーのひとりにすぎないのもまた自覚している。

    SMを評論するのは自己主張にすぎない

    SM専門家とSM評論家がいたとする、その大きな違いはなんだろうか?そもそもSMを評論する人物像とは?

    SM評論家など世の中にはいないだろうが、それに近い存在は多数いる事はみなさんもご存じだろう。

    評論家とはただ誰かのもしくは世の中の考え方について自分で勝手に意見を述べる人間である。

    筆者のいうSM評論家とはSM専門家と比較にならないほどショボい人間たちの事をいう。

    今の時代はネットを中心とした世界となっている、このネットの世界でうんちくを並べているユーザーがSM評論家だ。

    彼らは自分の意見が正しいと主張し、それに対して同意する異性を捕獲するために発言しているのだ。

    たとえばSMブログなどをつかって「世の中のSMはこうだが私は違う、私はこう考えるのだ!」と主張しているが、その根本的な目的はなにかといえば単にM女性を集めるための口実をあたかもそれらしく発言しているのである。

    精神論でも説明したが、M女性にはあらかじめ決まったキーワードがある、M女性がヒットしやすいキーワードを並べる事でM女性の捕獲作戦を実行しているのがSM評論家たちである。

    中には的確な考え方や表現をする人もいるだろうが、最終的な目的がM女性を集める事であれば邪道である。

    なにを言うか!おまえも同じだろう!とSM評論家たちに言われそうだが、筆者は女集めはしていないし興味もない。

    根本的に評論はせず、明確な研究結果や統計結果だけを開示しているので、評論家ではないし書く事が好きなだけだ。

    評論家とは裏付けもないのに勝手に発言する人間をいうが、筆者は証拠に基づいての発言としているので根本が違う。

    筆者は単なる1人のユーザーだ、SM専門家でもなければSM評論家でもない。

    しかし、そんな捕獲作戦に気づかずに捕獲されてしまうM女性も気の毒だといえよう、なぜなら彼らは揃いも揃って嘘をひたすら書いているのがほとんどであり、ちやほやされたいM女性からメールがくればいちころだからだ。

    SM評論家の話は真実がない、裏付けもない、証拠もなければ実績すらないのだ。

    世の中騙されるほうが悪いというが、それはないだろう?騙すほうが悪いに決まっている。

    このなんちゃってSM評論家にはM女性のみなさんから熱いメッセージを送らない事をお勧めする、返事でちやほやされて口説き落とされるのがオチとなるため、言葉たくみなSM評論家には近づくべきではない。

    SMをつかった精神的療法

    SMをつかって精神療法がおこなえるのはご存じだろうか?筆者が現役で縄師をしていた頃にSMをつかった精神的な療法をしていたのだが、これが効果てきめんであったのだ。

    SM専門家に必須とされるであろうこの項目は造語としてSMセラピストと名付ける。

    セラピストとは大まかに分けて4種類に分ける事ができる。

    リラクゼーションセラピスト

    非日常の癒しや安らぎを与え、こころが元気になるようにするタイプ。

    ボディケアセラピスト

    体の原因となる痛みを調べて、リンパマッサージや血流の流れをよくして体調不良を整える。

    ビューティケアセラピスト

    見た目の美しさのケアやこころの美しさをアドバイスするタイプ。

    メンタルケアセラピスト

    精神的な苦痛の原因を調べて本人が自分自身で問題の解決をできるように導く。

    実はこの全てがSMセラピストとしての役目に該当する。

    SMとどう関係があるのかと思うかもしれないが、仮にSMに対するストレスや恐怖心、興味、妄想などを持ち合わせている人間をSM疾患という言葉に置き換えたとする、このSM疾患がSMプレイで治せた事が多々あったのだ。

    どういう事かというと、SM疾患をもっている多くは自分だけでは答えを導き出せない傾向があった。

    つまりネットで調べてもなにをやってもその情報を手に入れる事ができないという事になる、恐らく現在進行形であろう。

    SM疾患の症状は多種多様なため、決まったパターンは一切ないが筆者はどんなパターンにも適応できた。

    なぜならこの上記4項目すべてにおいて筆者はクリアしているためである。

    男性のみなさんが唯一この4項目で難関なのは恐らくビューティケアセラピストだろう、こればかりは普通の男性であれば自分の人生の中で滅多に縁があるはずもない項目だからだ、女装趣味の男性がいれば話は別だが。

    外見だけでなく内面も美しくなるためのアドバイスができるというのはあり得ないかもしれないが、筆者は男性の事が逆にまったくわからない、女の事は知っているし理解もできるが男がまったくわからない。

    つまり、女性に対してはかなり鋭いアドバイスができるし、化粧の指導やファッション、仕草、歩き方、話し方に至るまですべての知識を得ているが、男性のそれらにはまったく知識がない。

    以前洋服のデザイナーをしていた時も同様だ、男性用の洋服のデザインができず、女性専門の洋服デザイナーをしていた。

    その点、筆者のかわりに新しく代がわりしたSMカウンセリングの雅さんは本物のセラピストだ。

    男女関係なくカウンセリングをする事が可能だ。

    では、カウンセラーとセラピストはどこが違うのだろうか?

    セラピスト

    さまざまな原因を調べて本人の心身に直接アプローチをかけ、自分で問題の解決ができるように導く。

    カウンセラー

    受け身の姿勢で話を聞く事をおもにおこない、本人に気づかせる事でこころを癒す。

    ヒーラー

    霊感的なエネルギーを使って本人の生命エネルギーのバランスを正常に近い状態に改善する方式。

    ここではヒーラーは除外できるだろう、筆者は霊感はもってないし、そのたぐいは信じていない。

    SMプレイをしたり、SMの知識を教える事で精神的療法をおこなう事ができた、そして彼女たちはとても綺麗になった。

    筆者がSMカウンセラーをはじめたのは縄師をした事がきっかけだった。

    SM専門家のまとめ

    今回はSM専門家とはなにか?というテーマをもとに執筆をした。

    SM専門家とは膨大なSMの知識、技術、精神論を持つ人物である。

    SM小説家でもなければ縄師でもなく、主にSM的な心理学を習得している人間であろう。

    このSM専門家をもし業種として仕事としておこなうならば、それなりの技術および知識が必須とされる。

    現在、カウンセラーやセラピストをしているSM系の人間もSM専門家の分野のひとりといえるだろう。

    今はまだSMセラピストという専門職の人間はまったくいないが、今後はそのような職種が出来てもおかしくない。

    時代が移り変わっていく中で、SM専門家は何をしていくべきなのだろうか?

    SMは精神的快楽といわれているが、肉体および精神共に満足させる事ができる人間がSM専門家なのだろうか?

    いずれにしても、SM専門家の第一人者の登場を筆者は期待する。

    SMの全てを網羅した存在、それがSM専門家だといえよう。


    [SMの話題とSMの歴史や統計データ]

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