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SM調教と恐怖は繋がりをもつのか?

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SM調教で一番重要とされているのは、表では「信頼関係」と言われていますが、SM調教に信頼もなにもありません。

SM調教と恐怖の感情

あるのは命令される奴隷と命令をする主(あるじ)の関係だけです。

しかし、中には信頼関係が一番重要なんだと何度も言い張る人もいますが、それが何の役に立ちますか?奴隷は縛ってしまえば物と一緒です、主は自分の思う通りに奴隷に命令すればそれだけで関係は成立します。

調教の際に主が奴隷に対して色々な罰を与えます、例えば鞭で打つとかスパンキングするとか、言葉で責める、道具を使って責めるなどありますが、それらの行為の中で奴隷が恐怖を感じることがあるのでしょうか?

今回はSM調教またはSMプレイともいいますが、その行為の中で奴隷がどのようなことで恐怖を感じるのか?もしくは奴隷でもなんでも、そもそも恐怖とはなにか?についてをまとめてみようと思います。

恐怖とは自分が怖いものをいう

恐怖とは大きく分けて2つのカテゴリにわかれます、1つは自分に対する恐怖、もう1つは他人に対する恐怖となります。これらの例を言えば、自分が襲われる恐怖、自分の親しい人間が突然連絡取れなくなったのも恐怖です。

自分に対する恐怖は犬が怖い、病気が怖い、お化けが怖いなど。

しかし、犬が好きな人には犬は恐怖とはなりませんし、お化け好き(オカルト好き)な人にとってもお化けは恐怖にならないかもしれませんので、恐怖とは人間全てに共通するものではないのです。

光が恐怖もあれば闇が恐怖もあります、これらはすべて自分の意識を自分に向けている場合の恐怖となりますが、では先ほどの他人に対する恐怖はどのようなものがあるのでしょうか?

友人が緊急入院した、親が倒れた、友達が交通事故にあったなど、それらはすべて意識を他人に向けた恐怖ですから、直接自分に向かっての恐怖ではないのに怖いと思えることです。

つまり、何に対しても恐れがない人間は自分の死すら恐れないので恐怖という感情がない?は違います、恐怖という感情を持ち合わせていなくても、恐怖という感情を持っていない事もまた恐怖となるのです。ですから、人間は必ず恐怖を意識している生き物という事です。

では、この恐怖をSM調教に取り入れたらどのような効果があるのか?もしくはどのようなことになるのかを考えてみましょう、意外な事実がわかります。

SM調教に恐怖を入れ込むとどうなる?

SM調教で主と奴隷がもっとも恐れることは人間関係です。

人間関係?と疑問に思うかもしれませんが、例えば主が増えたあるいは奴隷が増えたとなった場合、もともとそこにいたはずの自分の居場所が新しく入ってきた人間にとられてしまうかもしれないという恐怖となります。

調教をおこなう際のどんなプレイでも主と奴隷が恐怖を感じることはないと思われますが、自分の世界をかき乱されることは誰しもが”妨害”と判断するために恐怖を生みます。

では、プレイによる主から奴隷への恐怖はあるのでしょうか?

奴隷は強制的に自分がつちかってきた当たり前なことを書き換えられてしまいます、その書き換えの中には気持ちよかったことが恐怖となり、うれしいと思えたこともまた恐怖にすり替わってしまうこともあります。

しかし、どんなに主が奴隷に対して強制的に恐怖で鎖(くさり)をつないでも、奴隷の身柄を完全に拘束しなければ恐怖は解放(逃げられる)に切り替わってしまいます、使うなら逃げ場のない恐怖心を植え付けることがもっとも効果的と言えるでしょう。

主(あるじ)が思い描く恐怖とは?

主がもっとも恐れるのは奴隷の反発や怒り、そして逃げられてしまうことです。

もちろん、多頭派の主は1人の奴隷が逃げたところでなんら精神的なダメージがないとおもわれますが、1:1の関係の場合はその限りではありません。ただし、多頭派の主は気が弱いという裏付けにもなります。

そこで問題になるのが、奴隷への気遣いや優しさになります。

奴隷をいたわり、奴隷を優しく包み込んで?というのは少々おかしな話ではないでしょうか?これから奴隷を飼うご主人様は覚えておいてください、いつまでもいてほしいからと言って逆調教されたら本末転倒です。

主の存在は絶対的な存在です、少しでも弱気なところを奴隷にみせてしまえば、たちまちの間に立場が逆転してしまい、奴隷の思い通りに主様を演じなくてはいけなくなります。

この主と奴隷の関係に成り下がってしまうと、もう後戻りはできません。

この状況になって奴隷が主に興味をなくしたパターンは星の数ほど報告を受けています、奴隷が手元からいなくなるのは主にとって最大の恐怖となる、だからといって権威を捨てては主としての威厳(いげん)を保つことはできません。

すべては調教の仕方次第です、奴隷に感情をかき乱されて恐怖心を植え付けられないように主は必ず権威力をもって奴隷に接するようにしましょう。

SM調教と恐怖の関係

SM調教に恐怖心は必要かどうか?といえば、奴隷にとっての恐怖心は必要とされますが、主にとっての恐怖心は無用な感情です、奴隷に対する恐怖心は捨て去りましょう。

調教の際に恐怖を取り入れることは間違ってはいません。

しかし、恐怖の使い方を間違えてしまうと主と奴隷の関係そのものが崩れる恐れがありますので、1人の奴隷をいつまでもそばに置いておきたいならば、甘えや弱みは出さない事です。

これが例え奴隷をだます結果となったとしても、奴隷にとっての一番の恐怖が主との絶縁なのだと奴隷に教え込む事がもっとも重要な調教方法(プロセス)とされます。

例としては「今から私とおまえは5分間だけ主と奴隷の関係を解除する」と奴隷に告げると、奴隷は泣き叫び、この5分間がいかに自分にとってつらい時間なのかを認識します。

縁を切られることは奴隷にとって最大の恐怖です。

痛みや苦痛などの身体への恐怖よりも、奴隷の精神調教をメインとして主と奴隷とのつながりを維持するようにしてみてください、精神への恐怖は絶大な効果をもたらします。


これは余談ですが、たまにご主人様が自分をM転(マゾを認める)させるパターンがあります、もともとMなのに無理をしてS役を演じ、繋がりが深くなったから「実は私はMなんだ」とカミングアウトするパターンです。

はっきり申し上げますが、Mなら最初からMと言っておかなければ奴隷に飽きられます、早い話が奴隷に捨てられてしまうのがオチです。

そのようなカップルをたくさんみてきました、確率的にはほぼ100%ご主人様が捨てられてしまうパターンになりますので、M嗜好ならば最初からS女性を探す努力をしたほうが無難といえます。
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