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消えゆく緊縛師(縄師)たち

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今、緊縛師たちはなにをしているのだろう?そんな疑問が頭をよぎった。

緊縛師のサイト運営目的はM女性の捕獲

筆者が10年以上サーバとドメインを貸していた、縄師モンコさんのHPは何年も更新されておらず、近況を聞いてみたところ・・・SNSなどで遊べるからじゅうぶんだとの事だった。

しかし、縄師モンコさんのHPはGoogleでの評価は高い、そこで緊縛をやめて10年以上経過してしまったが、筆者自らが緊縛師のサイトを新しくはじめようと思う。

といっても、昔の緊縛写真を公開し、M女を募集するのが目的だ。

え?そんな方法でM女を捕まえるのはおかしい?(笑)

なにをおっしゃる皆の衆、緊縛師がHPをしているのは緊縛写真の公開が目的ではない、M女の捕獲および金儲けのためであり、完全に趣味としている人はほとんどいない。筆者だったら最初からM女捕獲専用としてHPを立ち上げる。

そんなまわりくどい事をしても同じだろう?緊縛写真をだして、あなたもモデルになってみないか?ってか?それはタテマエに過ぎない、本当の狙いは女と金である。

筆者の場合は単に女確保だ、女を確保して会社の代表(社長)をさせるのが狙いである。

ならば最初から堂々と女目的であることを強調しても問題ないとおもうし、どこぞの掲示板に「モデルというだけの約束だったのに・・・」なんて書かれてトラブルになることもないだろう。

では、緊縛師がHPやブログを続ける本来の目的を暴いてみよう。

なお、緊縛師と縄師は名称が違うだけで同じ意味である。

緊縛写真の公開はエサである

緊縛写真を公開しているのは何のためだろうか?そのテクニックを披露する?人にすごいと思わせたいという優越感?いずれも正しくない、単にM女集めが目的だ。

そのついでに緊縛ショーをしたり、出版社に写真を提供したりして知名度を上げ、更にM女集めをするのがおもな目的とされている、これは暗黙の了解だ。

プロダクション所属のアイドルが「私はアイドルで一番になりたい!」と宣言しているのは裏を返せば「お金がたくさん欲しい!」である、ただ口実として表では一番になりたい!と言っているようなものだ。

縄師は免許制ではない、したがって完全なる自称縄師であり、縄師だと主張すれば世の中の誰しもが縄師になってしまうようなもの。

SMの世界には公的なルールは一切ない、したがって言ったもの勝ちとか曖昧なぶぶんが非常に多くある。

しかし、自称縄師であってもその緊縛美に魅了されたM女性は「私もこうなりたい」と願い、自らが緊縛モデルの志願をする、実はこのM女が緊縛モデル志願をすることに関しても裏があるのだが、それはまた別の機会に説明をしよう。

結局のところ、縄師が緊縛写真を公開している理由はM女集めだ。

では、M女が集まればなにができるだろうか?ハーレムか?緊縛写真のバリエーションか?これにもちゃっかりと裏の真実が存在している、ビジネスに活用するためだ。

縄師のビジネスとはおもにイベントやAV、SMクラブへの派遣、SM系の飲み屋(SMバーなど)への紹介も含まれているので、よほどM女性のクオリティが高くない限りは縄師をM女性が独占することはできない。

縄師もしくは緊縛師とは自称でしかない

公的な免許がないのが縄師である、緊縛師も同じ意味を持つがこの2つの呼び方の違いは単に世代の違いの呼び方で2つに分かれたものであり、元は縄師が正しいといえる、近年ではロープアーティストとさえ言われている。

KY=空気読めないが流行ったのと同じような原理だ。

しかし、いくら公的な免許制ではないとしても流派を継承している家柄もある、これは日本武芸十八般とされる捕縛術である、この捕縛術を近年では緊縛と呼ぶが、日本古来より武道の1つとしてあった捕縛術を流派として継承し、道場を開いているところもある。

捕縛術の道場師範は伝統から自称として捕縛術師範としているが、これもやはり自称であり、国が認めた競技もなければ免許制も特にない。

早い話が、この捕縛術にしても自分で勝手に師範だと言い切れば道場を開く事もできるし、道場に入門した弟子は師範を先生と呼ぶわけだ。

基本的に縄師は貧乏である

基本的に縄師だけで生活をしている場合は貧乏である。

お金持ちの縄師はいない、なぜならお金持ちならわざわざ縄師をしなくてもM女をいくらでも獲得できるからであり、縄師の目的がM女確保ならばお金で済むから、わざわざ知名度を上げる必要もない。

昭和日本のSMの世界を築き上げた賀山茂氏(SMペディアより)はSMの巨匠と呼ばれていたが、実際にも超セレブなお金持ちであった。賀山氏はお金持ちであったため、自称縄師とは公言していない。

普通に仕事をしている人は趣味として縄師をしているので、縄師としての収入をあてにしない生活をしているため、一般サラリーマンと同等の生活レベルである。

しかし、縄師のみしかしない!という人間は非常に貧乏である。

筆者がここ20年に渡って調べた結果によれば、縄師だけで生活している人は必ずといっていいほど、第三者からの支援があるか、いわゆるパトロンが存在している。

つまり、誰からの援助もなければ生活すらできない貧乏人が縄師だ。

経費をかけたくないのでSNSを拠点としている

縄師のホームページは年々減りつつある、それはGoogleによる検索アルゴリズムが非常にシビアなルールを作り上げたために、ホームページでは宣伝効果が薄いと縄師の誰もが判断したためだ。

SNSならば費用をかけずに自分の文才と緊縛画像でユーザーの気を引き付けることも容易である、そのため、個人の縄師ホームページをのさばらしにしている縄師は少なくない。

筆者は全く逆の発想を持っている、SNSは利用したことがない。

どんなものなんだろう?の程度で登録してみたが、すぐに退会してしまった、筆者の場合は単純にSNSの仕組みが知りたかっただけであり、その他には興味なかったからだ。

SNSの中でなんちゃらという発想はない、SNSと並ぶクオリティを求めるならばその発想はある、つまり筆者はSNSの中で行動する事には興味ないが、SNSというホームページそのものと戦う発想はある。

あくまでもクリエイティブな考え方としており、SM云々よりはむしろネット技術者としてのテクニックやSEOなどの研究と成果を楽しむタイプということだ。

SNSのメリットは、その中で目立てば人が寄ってくる習性がある点だ、確かに効率の良い人集めではあるが、SNSの中でSMサークルが山ほどあれば利用ユーザーはどこに入るか迷ってしまう。

そういう意味ではデメリットもあるが、総体的に言えば知名度をあげるならSNSを主体とした緊縛並びにSMサークルなどをおこなうのはベストな環境と言っていいだろう。

緊縛サークルは利益と知名度をあげるためのもの

緊縛サークルの運営は費用がかかる、場所を確保しなくてはならないし、人が集まらなければ場所代を自己負担のみで清算しなければならない、つまりリスクを伴うのだ。

筆者も現役だった時代には「藍染会(あいぞめかい)」という緊縛サークルをやっていたが、これは筆者自身がSMサロンの運営を継続させるための手段の1つとしておこなっていた。

SMサロンを運営していた理由は「SM関係のつきあい」のため、仕方なくである。

正直いって、このSMサロンの運営だけで総計で1500万ほど損失を食らった、その経験があるために筆者はあえてリアルよりもネット中心の活動をメインとしたのだ。

SNS内部での緊縛サークルは相当数あるらしいが、主宰の目的はいずれも同様で利益と知名度をあげるためのものであり、趣味と実益を兼ねたビジネスとしている。

知名度が上がれば参加者が増える、参加者が増えれば利益が上がる。

それだけに我こそがと言わんばかりに、緊縛サークルの知名度を上げようとしているのが現状であり、筆者からすれば「人の真似ばかりしていてもつまらん」という意見だ。

筆者がまた緊縛サークルを始めるならば、まずは名称にこだわる。

緊縛サークル>菌爆サークル>金縛サークルのような緊縛という言葉をキンバクとして、縄を覚える/殺菌方法の研究/金縛り(かなしばり)を掛け合わせたようなサークルとするだろう。

これも1つのアイディアである、人がやっているからと言って自分が真似をしてもそううまくはいかないのが現実である、ならば全く新しい視点から物事を考えた方が筆者は楽しいと思える。

別の意味で知名度があがるかもしれない(笑)
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